いつだってきみは
そう言って僕を、










幼い頃から暗がりが好きな子供だった。祖父に怒られて電気もない蔵に、夕方から翌朝まで閉じ込められても全く恐怖を感じなかった。寧ろ、格子のはまった窓から射す月光の方が印象強い。まっすぐ直線に入射する真白な光が黒い闇にとても映えていて。それに、自分が動く度に浮き立つきらきらとした光の粉。覚えているのは暗闇の恐怖ではなく、その中での美しさだった。今では、それは光の粉なんかではなくただの埃の反射だと解っているけれども。それでも。
自分は赤子の頃、夜泣きひとつしない子供だったらしい。祖母や母が笑いながらよく話して聞かせた。手の掛からない子供だったんだよ。今も私が淋しくなるくらい手が掛からないけど。と、家族の中での笑い話になっている。
今でも、薄暗い部屋に篭もるのが好きで、照明は夕方ぐらいの明かりしかない間接照明にしている。机に向かう時だけスタンドライトを点けて手元を照らす。
そんなことばかりしていると、視力なんかどんどん低下していきそうなものだが、不思議なことに視力検査では、A判定から落ちたことがない。










ひびき合いひかれ逢う
目にはみえないなにか










この不思議な感覚は今に始まったことではない。
昔から、幼い頃からよくあったことだ。
最近は前ほどにはそれに遭遇しなかったから忘れようかとしていたぐらいで。
高校生の、いつだったか、夏の終わりを最後にぱったりと。


「久しぶり、じゃな」


いきなり現れたものに少し驚いた。
そして、その感覚を忘れていた自分に驚く。
その所為か頭がどこかぼやっとしている。シナプスの電気信号がやけにゆっくりだ。
目の前でふわふわと暗い中に浮かぶぼんやりとした白い影。
目を凝らすと段々と輪郭がはっきりしてきて、人の形が見えてくる。
白くうっすらとした立体は、半透明に後ろが透けていた。

明らかに異質だった。



「巧」


その白い影はゆっくりと椅子に腰掛ける様な仕草で何もないところへ座り、優雅にも思えるような間合いで左足を組む。
肘を肘掛けのあるだろう位置に置き、指の甲で小作りな頭を受け止める。
彼の緩慢な動作をたっぷり全部見ていると、徐々に思考が追いついてくる。
薄夕闇の中でくっきりと浮かび上がる彼の姿を視たのはいつぶりだろうか。


「  」


彼が音のない声で名前を呼ぶ。
口の形が動く度に忘れていた過去を取り戻す。
古い映写機のように、セピアな思い出が思考の内を流れて消える。
急に、何故かこめかみの辺りが引きつって、やけに、熱い。
頬の縁を何かが触った。


「  」


その時、彼が目を丸くしてぽつりと口を動かした。
そして、いつかのように口端だけを引き上げた意地悪な笑みを浮かべる。
その表情すら、懐かしい。

そこで気がついた。
ああ、自分は泣いているんだ。と。





white.20080715